2008年06月09日

それぞれの週末

自分は仕事の合間にゴルフ観戦、夫は仕事、長男はのんびり&自動車免許の為の勉強、次男は初めてのバイトで早朝からゴルフ場へ…
フラフラで帰って来ると思いきや、元気に(^^)vサインで帰宅!さすが高校生(*с*)若いって羨ましい!
 
そして三男は土曜日からバスケ部の一年生では初の遠征で丸亀へ…
全国制覇を目指す強い部なだけに超ピリピリムードにもかかわらず出発時間にかかってきた部員の保護者からの電話で起きたと言う大失態!!
Σ( ̄□ ̄;)

全く洒落にならない事態でしかもバッシュを学校に忘れたと言う三男Σ( ̄□ ̄;)
 
思い出しても血の気が引く出来事でしたが、無事に帰ってきた息子が行って良かったってけろっとしていてホッとしました( ̄〜 ̄)ξ
 
3年の保護者にも次回からは全員でモーニングコールするわ!と暖かく声をかけて頂き、感謝…

ドンマイ〓今週もがんばるぞ〓
o( ̄ ^  ̄ o)
  

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2008年06月01日

6月1日の記事

パパが初めて自分で作ったお弁当(@゜▽゜@)

なのに、持って行くのを忘れてたから私が食べた。
(●^ー^●)
美味しかったぁ〜
  

Posted by ぺこちゃん at 02:45Comments(0)TrackBack(0)家族

2008年01月28日

☆長男の誕生日☆彡

本日1月28日は長男の18歳の誕生日!

昨年11月に就職が決まり、

希望通り社会人として、

社会の役にたつための、

第一歩を歩み始めてくれた事が、

親として嬉しく思います。

長男の誕生日と言う事は、同時に私達夫婦が親になった記念の日ですね
( ̄∇ ̄*)ゞエヘヘ

本当に未熟な父と母の誕生日・・・色々思い出してみました。

これは3年位前に書いた文章です。
長男誕生秘話・・・と言うほど大袈裟なモンじゃないけど私達のMEMORYとして紹介・・・

j『~大阪の高校を卒業してからバスガイドとして頑張っていました。
元々からだが丈夫な方で無い私は、
基礎体温が低く、
女性として妊娠に必要な”排卵”と言う物が無い
無排卵月経だと言うことがわかっていました。
20歳から半年間は、
Drの薦める漢方薬での体質改善療法を試したりしましたが・・・
苦い漢方薬を、日に3回きっちり飲むと言う事が大変な苦痛で、
とうとうあきらめてしまいました。

その頃、私には高校の時から付き合っている彼氏(現在の夫)がいました。
今とは違いまだ若くて初々しかった私は(!?)
不妊と言うことを黙っている事が詐欺のような罪悪感がありました。
だから、
高校生の頃から結婚を心に決めていた彼氏に
不妊症の事を話しました。
それでも自分と結婚してもらえるのか聞いたのです。
今と変わらず(!?)優しい彼は
「おじいちゃんおばあちゃんになっても二人で仲よくデートできるやん!!」と言ってくれました。

そして、気が楽になったのか…結婚も決まらないうちにご懐妊!!

生きがいだったバスガイドと言う職業も、翌日からキャンセルし
あっさりと退職しました。
若かったことが良かったのか?
持って生まれた性格なのか?
それはわかりませんが
何の心配や不安はありませんでした。
自分のお腹に新しい命を授かった事実に
感動でいっぱいでした。

話はまだだらだら続くので・・・続きはまた来週icon23iconN06
  
タグ :誕生日

Posted by ぺこちゃん at 01:03Comments(2)TrackBack(0)家族

2008年01月17日

突然の不安と久々の涙

信楽へ移住する時、私はちょっとした冒険心でウキウキしていました。

けど、その背景には「離婚」があって、それなりに大変な事が山ほどあった。信楽に来る事を決断するまでの私は精神的にかなり病んでいて、毎日なんでも無いのに涙がしょっちゅう流れていて、時には苛立ちから夫に対してちゃぶ台をひっくり返す頑固オヤジのようにヒステリーを起こす事もあったような気がする(都合の悪い事はあまり記憶に残っていない^^;)

そんなこんなで、信楽に来た当時はペーパードライバーから一転して、毎日自動車の運転はするようになったし、何より生まれて初めてマイカーを持ったw 三菱のトッポBJワインレッド4WD!!!軽自動車とはいえ堂々の新車です!人生が前向きに動いていると確信する毎日やったわ~(⌒^⌒)b 

引越しも終わり2・3日たった頃やったかな?信楽の町も良く分かっていなかった私ですが、パソコンを繋ぐために必要なものを買うためにわざわざ大津の電気屋さんへ行きました。
久々のにぎわいを変な風に感じながら買い物をし午後8時頃に大津を出発して大石経由の国道422号線で多羅尾の家に向かいました。
それから20分位は走ったやろうと思う山道でふと対向車も後続車も全然なかった事に気が付いて真っ暗な山道がだんだん恐ろしく思えてきた{{{{(+ω+)}}}}コワイ

後部座席を見ると3人の幼い息子達が無邪気な顔して眠っています・・・
「今、誰もいない真っ暗な山道を自分が運転しているのは夢じゃないんや・・・、これからずーッとこの山奥の田舎で子供達と暮らしていくんや・・・私、ひとりで誰も知らないところで本当に大丈夫かな・・・?」
今頃・・・記憶喪失やった人が急に我に帰ったような気持ちになって不安と責任感となんかわからん気持ちで運転しているのに目からポロポロ涙が出てきた。

こういう時ってめちゃくちゃ変な心理状態で、不安で泣いてるくせにやたら冷静に「前はよう泣いてたけど、久々に涙でてるやん・・・泣くっちゅうこと忘れてたのに・・・」って考えてる自分がおかしくなってきて今度は笑がこみ上げてきた
(≧m≦)ぷっ!

あれから9年が過ぎ今年の秋にマルマル10年!!!
まさか、今のようにダンナと復縁して、両親も信楽に来てお店をはじめ、妹の家族までが移住してくるとは全く予想できひんかったワ・・・(未来って予想できひんもんやとつくづく思う)
今では信楽の友達もいっぱいやし~本当に来て良かった~~!!
私の心を癒してくれて、子供達を育ててくれた信楽の自然と文化と人と人とのつながりがこれからもずーっと続きますように!!(○ `人´ ○) パンパン



  
タグ :信楽

Posted by ぺこちゃん at 11:47Comments(3)TrackBack(0)家族

2007年11月18日

「火の用心」

1998年12月の日記

今日嶺が風邪気味なので病院へ連れていって帰ってくると、

めったに車の通らない我が家への道がやけに車が多いなと感じたとたん、

目の前にパトカーが止まっているのが目に入りました、

あと家まで100メートルほどなのに(しかも途中は田畑だけです。)

路上駐車の車と対向車で先に進めません!

普通ではない騒ぎに「我が家が火事では!」と手足が震えてきました・・・

なんとか家の前まで来ると外観には焼けた様子は有りませんが、

玄関の前に消防団の人たちが何十人も立っていて家に入れそうに有りません!

あわてて近所の人に声をかけると・・・

「裏の田んぼで火事があって、もう少しで山火事になりそうやって・・・」

そいゆうわけで、結局被害も無く大事にはいたらなかったそうですが・・・

たまたま我が家の前は車も止めていなかったし少し広くなっているので人が集まっていたらしい・・・

本当に泣きそうになりました・・家に入ってからも手足の震えはしばらくおさまりませんでした。

乾燥しているのでお互い火の元には気をつけましょうね・・・

渋滞している車の中から写した写真
多羅尾の温泉へ繋がっている道で今は高原バスの路線でもう少し良い道になってる(⌒^⌒)b 
消防車なども見えてものものしい雰囲気・・・携帯電話にカメラがついていない時代なのに私はデジカメを携帯していたんやなぁ~この頃からすでにブロガーだった証拠写真(笑)


当時住んでいた多羅尾の六呂川団地、道から2軒目に住んでいました。だから、玄関前がこの状態なので本当に怖かった。。。


信楽もとうとう氷点下の季節到来!
「火の用心」を忘れずに!
温かい我が家を守りたいと思います(@`▽´@)/ ハイッ

  
タグ :火の用心

Posted by ぺこちゃん at 08:54Comments(0)TrackBack(0)ドキッとした経験

2007年11月17日

お礼のおたより

~長男中3の夏休み~
私のパソコンに一通のメールが届きました
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 指導員の山本です。夏休みの間しょうくんに来てもらえて本当に嬉しかったです。
しょうくんの話し方はすごく優しいですね!子ども達にもみくちゃにされて大変だったと思いますが負けずに遊んでくれていて
指導員としてはとても助かりました。
子ども達にも良い経験になったみたいで特に男の子は遊んでくれるお兄ちゃんが出来てすごく楽しそうに過ごしていました。
保護者の方から聞きましたが実際、「しょうちゃん来てから学童にいる時間が短い気がする!」
と言っていた子どももいました。
見学に来てくれた時はとてもおとなしくて心配になりましたが
すぐ慣れてくれて子どもから離れる時も見ててくれる?
とお願いするとちゃんと見ててくれて心配することはなかったです。
休む時や何時に行くなどと電話で連絡もしてきてくれました。
しょうくんが来てくれて本当によかったです。ありがとうございました。
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学童保育所でボランティア活動をした長男に対して頂いたお礼のお手紙です。
中学校では陸上部に所属して1500メートルの選手でしたが、3年の夏休み初日の引退試合が終わった後、受験勉強もしなくて良い長男にとって夏休みの間の生活がとても心配だった私は、夏休み中の学童が人手不足なのを知って
『これや!』
早速知り合いを通じてボランティアに使ってもらえるようにお願いしました。
最初は障害児である事に保護者の理解を得られなかったのですが、本人を連れて行き保護者会の人に会って貰いました。
そして、この子が大阪の学童保育でお世話になっていた時の経験やできる事とできない事を説明して使って頂ける事になりました。
本人には「一回行ったら500円(昼食代込み)あげるから頑張って!」
とお金で釣ってやる気を起こさせました(@⌒ο⌒@)b

いざ行き始めると、思っていた以上に責任感を持って通っている彼にびっくりw
基本的に週3、4回程度の約束ですが
「今日は人が少ないから休まれへん」と言って遊びの誘いを断って出かける事もありました!
昼代を浮かしたいために、自分でお弁当やおにぎりを作って出かけるようにもなりました(ノ゜⊿゜)ノびっくり!!
片道5km.の道。。。夕立でびしょぬれになった日も。。。
暑さでグッタリする日も。。。
日頃から「今日の出来事」を語らない子なので、ちゃんと仕事できているのかな?と思いながら夏休みが無事に終わりヤレヤレと思っていた矢先に頂いたメールです。
これを受け取った時、嬉しさと共にこれまでの色々な思いで一気に胸がいっぱいになりました。

5年間普通に育ててきた息子に突然、発達に問題があると言われ、
病院で検査をしたり、専門の方に相談へ行ったりしても結果が出なくて落ち込んでいた日々、
小学校入学して一月後に障害児学級に席を移した頃…
私達は普通の暮らしや当たり前の生活を奪われた家族…これからどんな生活になっていくのだろうかと
運命を恨んだほどのショック
あの頃の私は、まさかこの子が、
お礼のお手紙を頂くことが出来るとは想像できませんでした

「社会で人の役に立つことが出来た」

私は喜びで胸がいっぱいになりました!

この事を報告した主治医の先生からも。。。ありがたいメールを頂きました。「自分は自分でいいこと、人のためにがんばることを喜びにできること、勤勉であること、そして、身体を動かすことをいとわないこと、これが社会的自立に必要な条件と考えています。これを達成しつつあることは、お母さんのご努力・育児(おもいっきりのよい、メリハリのある)が間違っていなかったこと、尚弥君の潜在的な能力の高さの賜物と思います。
私は何もお役には立てなかったのですが、ありがたくメールを読ませていただき一緒に喜ばせていただきましたことを感謝いたします。
いよいよ高校生ですね。中央子どもセンター(中央児相ですね)の相談で、もしお役に立つこと(診断書など)がありましたら何なりとお申し付け下さい。宇野正章」

2004年夏


  
タグ :社会的自立

Posted by ぺこちゃん at 11:09Comments(2)TrackBack(0)子育て

2007年11月17日

信楽学園に感謝(人-)

長男が3年生の秋に(信楽の)多羅尾に引っ越してきた。
自然の中で子育てがしたくて大阪からこっちに来たけど、
本当にあの時そうした事が今に続いているし良かったと思うw

多羅尾と多羅尾小学校の事はまた別の機会に書きたいと思うけど、
とにかく信楽に来ていなかったら『信楽学園』に入るどころか知る事も無かったと思う。。。

彼がまだ5年生だった時、たまたま参加した
『甲賀郡障害児進路懇談会』
で、信楽学園を卒業した人の話を聞いたのがきっかけで、個人的に学園の見学に行った。
学園に居る子供達はとてもイキイキした顔をしているのが印象的face02icon12

その時に、たまたま若い茶髪の男の子が車に乗って来ていました。
だれやろ?先生か?

案内役の先生に聞くと、彼は卒業生で免許を取って車を買ったので見せに来ているのだと!
キャー!ビックリ!! (*゜ロ゜)ノミ☆(;>_<) バシバシ

免許を取った事にも驚いたけど、卒業した施設に見せに来るのは利用していた本人が
信楽学園を好きだと言う事の証しicon22
きっとこの子達にとってい心地の良い環境なんやろぉなぁ~
と実感しました。

これは何としてでも長男には信楽学園に入って欲しいと願いました。。。

中学に入っても気持ちは変わらず担任にも信楽学園に行かせたい
といい続け、本人も日帰りと一泊の2回ほど体験入所して「学園に行きたい」と言うようになりましたiconN36
気持ちが揺らいだり迷いが出るのを避けるために他の施設も養護学校も見学に行きませんでしたし。。。ちょっと反則(!?)

とにかく、これだけ私が気に入って念願かなって入れた施設なのですが、
わかっていてもいざ息子と離れてみると心配で、可哀相で。。。
帰りの車の中でひとり声を上げて泣いてしまいました(┯_┯)

ここでは社会に出るための大切な事を陶器の製造作業を通じて色々教えて頂きました。
今年で56年も続いている伝統ある障害児福祉施設です。
学園では卒業生や先輩の後姿を見てドンドン成長していきました。
「働きたい」「働くんだ」
と言う意欲が日に日に見えてきました。

2年生の後半からの町内実習、3年の夏から町内実習と平行して就職活動、職場実習、と駆け足で進み
このたび就職先が決まり学園を後にする事に。。。明日、迎えに行きます!

学園が無かったら、長男の企業就労はありえなかったと思う。
もちろん本人の努力ですが、彼の持っている力を引き出して、
それを企業にPRして下さった信楽学園に感謝します。



平成17年3月中学校の卒業式
いとこや友達と



お世話になった担任の渡辺先生と



パパとママとはちょっと照れくさそうな顔で^^;




学園の作業の様子
平成17年秋



長男が明日、帰ってきますkao07

  
タグ :信楽学園

Posted by ぺこちゃん at 02:05Comments(3)TrackBack(0)教育・福祉

2007年11月16日

HIROYUKI

思いついたままなるべく自然体で綴って行きたいと思いつつ・・・単純に今日の出来事的な『日記』とは
違う形でセカンドブログを作ったので何から取り上げるか迷った((o(б_б;)o))

今までもずっと考えていたけど、きっかけは長男の就職が決まった記念に、
よし!今日から書くぞ!o(*⌒O⌒)b

と、火曜日に作ったんだけど・・、その時同じく定休日だった夫が横で一生懸命勉強(!?)しているのを見て思わずパチリと写メを取って、夏にも、定休日に出勤している夫のオフィスに子供達と見学(!?)に行って撮った写真を見せてあげたらちょっと照れ笑いしてやった(^◇^)
そやそや!なんと言っても”ツレアイ”のこの人無しでは私の人生語れないかな?・・・と、一番最初はこの人”HIROYUKI”の事に決定!!

夫は中一の時、私は中二の夏からの転校生で幼馴染ではないケド私達は中学校の同級生、最初に付き合ってから数えると25年目の長い付き合いで、今でも「ヒロユキ」って呼び捨てにしてしまうのが私の悪い癖。。。せめて人前では「ヒロユキサン」って呼びたいんやケド゙・・・どうしても今更言えへん(x_x;)シュン

この写真は、今年の8月に夫の会社「びわこホーム」に行った時↓

家とは違うお父さんの仕事姿に子供達もちょっとビックリの様子でした^^


忙しいのに、ショールームの案内もしてくれました。。。
↓ショールームのトイレに信楽焼の手洗い鉢発見!!


今週火曜日に家で勉強しているところ↓

会社とは違い寝起きのままの状態で・・・(f^^)シツレィ

今は仕事が忙しくて仕事と睡眠以外に何もしていない夫を心配しつつ時々(毎日か!?)嫌味な事ばかり言ってしまっているけど、本当は体の事が心配。。。
忙しくしていても心がウキウキしていたらストレスにならないと思うけど、ウンザリしていたらストレスになって病気になるからね。。。しんどくても心の底からワクワクしていて欲しいと願っています!!









  

Posted by ぺこちゃん at 11:48Comments(2)TrackBack(0)家族
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大阪生まれの大阪育ち、現在は同級生の夫と3人の息子と一匹の♂犬と滋賀県に住んで10年目突入~家事が苦手な最悪の主婦です。
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